サウンドクリエイターに音楽理論は必要か?

サウンドクリエイターに音楽理論は必要か?

音楽理論は必要?

作曲を志す若い人の話で、私がよく耳にするのが「音楽理論がわからない、勉強しなければ。」という言葉です。話を聞くと作曲をするにはコードやスケールの知識が必要だ、と言うのです。確かにコードやスケールの話題で盛り上がっている人たちを見ると、何となく「音楽理論をすごくわかっているんだな、すごいな、カッコイイな!」なんて思ったりするものです。

でも本当に音楽理論を勉強しないといけないのでしょうか?

音楽理論ってそもそも何のためにあるの? 

音楽理論は古代から中世にかけてのヨーロッパで学問として理論立てられてきたものです。音楽理論がまとめられるずっと前から音楽は自然発生的に存在してました。歌が上手なヤツがいたり、下手なヤツがいたり。作れるヤツがいたり、それを不思議がるヤツがいたり…。音楽ができないヤツからすれば、「あいつら、何で音楽作れるんだ?俺たちにも教えてくれよ」ってなりますよね。そこで、音楽を個人の感覚ではなく誰にでもわかるマニュアルにしたというのが音楽理論という感じです。そうなんですよ、わからないヤツの為にマニュアルを作った。

つまり、そもそも何となく感覚で音楽が作れちゃうヤツにとっては音楽理論は別に必要ないかも?と言えるかもしれないんです。

音楽理論だけでは説明がつかない音楽って?

さてさて、学問として生まれた音楽理論ですが世界中の音楽のマニュアルとなるのでしょうか。答えはNOです。一般に音楽理論が表しているのは西洋音楽(もう少し細かく言うと西洋宮廷音楽)という1ジャンルにすぎないのです。日本古来からある雅楽や琴・尺八・三味線などの邦楽には、いわゆる音楽理論が通用しないのです。そもそも雅楽や邦楽は西洋音楽と楽譜の表記の仕方が全く違うのですから…。同じ西洋でもハンガリーのような東欧の音楽も少し音楽理論とズレがあったりしますよ。

このように、西洋音楽を理論的に説明するには充分なのですが様々な民族音楽はカバーできないものです。また、最近はテクノロジーの発達によってノイズのようなまで楽器として扱うようになり、古典理論である音楽理論で説明するのが困難になってしまいました。

音楽理論を学ぶ真意は?

今の日本のポピュラー音楽は西洋音楽が基礎になっていて、まだまだ音楽理論で説明ができるものも多いです。オーケストレーションも元は西洋音楽に由来するので音楽理論でかなり説明できます。そこを目指すために音楽理論を勉強するには良いのかなと個人的には思うのですが、音楽理論を知っているからバッチリだ、と勘違いするのは理屈先行型の頭デッカチな感じもします。

西洋音楽を基礎とするジャンルについて「理屈」を語ったり、自信がないので理論で確信を得たいのであれば音楽理論を勉強する意味は充分にあると思いますよ。それ以外のジャンルを考える上では、あくまでも一つの参考になる、という感じかもしれません。決して、音楽理論を完璧にマスターしたから作曲できる、というものではないのです。

とは言ったものの、やはり、たくさんの人に親しまれている西洋音楽を基礎としたポピュラーミュージックでは、音楽理論を知っていると結構説明も付きます。音楽理論から外れた音に違和感を感じた人から指摘された時でも理論がわかっていると訂正しやすいのですね。

理論が作曲の邪魔をする!?

こんな感じで西洋音楽を説明する上ではなかなか便利な音楽理論なのですが、理論を知っているがために逆にあまり良い結果にならなかった例をお話をしたいと思います。

音楽理論に長けた人がヒップホップミュージックを作ろうとしたときの事です。不協和音をできるだけ出さないようにと協和音程にこだわった結果、とてもカッコ悪い(ある意味美しすぎる)ヒップホップミュージックができてしまいました。ご存知の通り、ヒップホップミュージックは楽器は弾けないけど音楽がやりたいと思っていた人が生み出した音楽です。理論はわからずともカッコイイ感じにしたい、という思いが音に出るべきところが、まさかの理論武装した人が理路整然とした音を表現してしまった…という感じです。

その他にも、恐怖映画で使われている現代音楽や実験音楽についても似たようなことが言えますね。これらのジャンルは、音楽理論では不協和音として扱いを受けている音程を使って恐怖や焦燥、不安、荒廃などを表現することがあります。それなのに美しい協和音程が奏でられるとすっかり恐怖感がなくなってしまったりしますよね。

また、フレーズサンプリングを主体としたコラージュ音楽もあまり音楽理論にとらわれすぎると自由な発想ができなくなったり、表現の幅が少なくなったりすることも多いのが現実です。そもそも音楽理論は理論でしかないですから、理論から外れた自由な発想を求められる時には、かえって邪魔になることがあるのではないでしょうか。

たかが理論、されど理論

このように様々な民族音楽や時代の進化で新しく生み出されたジャンルまで含めると音楽理論は万能ではないのです。西洋音楽の中では、表現方法のお手本として音楽理論は頼りになるわけですが、そこはやはり、マニュアル。マニュアル通りにしか音楽が語られません。新しい音楽は理論を超えたところにあるかもしれませんし、そこにたどり着くには逆に理論を知っていなければ超えれないかもしれません。逆に古典を大切にする考え方もあります。その意義は伝統を守るとても大切な気持ちであり、理論に従うとは躾をするようなこととも言えます。

いずれにせよ、音楽の良さは理屈ではないので、理論で説明できないことも大切にしていって欲しいなと日々考えています。

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